Please Pray!!

I am writing about asking for your prayer.

My father in law is diagnosed as stomach cancer. It might be spread to his lung. If so, the situation could be really serious.

He is still in checking up, but it was sudden sentence. We are all shocked and depressed. My wife lost her grandfather couple months ago. This time it is her father.

We need prayer. We need God’s help. So, please pray with us.

 

In Christ,
Shohei Ueki

Christ Bible Seminary- Christian Glocalization

I am graduating the seminary next month. But, I won’t leave here Nagoya, I will remain in the seminary as a staff. Also, I will continue the international ministry, being a full time staff of All Nations Fellowship. I am happy that God called me to stay current mission field in Nagoya.

My primary role as seminary staff is “to be a Japanese staff” in this seminary. But, you might ask me “I know you’re Japanese. What’s the point?” Yes, you’re right. But, to be a Japanese staff at Christ Bible Seminary is something important. Here are two things that I have the role as “Japanese seminary staff”

Christ Bible Seminary is established by Dr. Michael Oh and other missionaries about 5 years ago. Since our seminary is Non-Japanese founder seminary, the “color” is not Japan or Japanese. Most of the faculties are not Japanese, and many of seminary students have international background. It is good because Christianity is not Japanese religion or even American religion. It is “worldwide truth.” As we face to the biblical truth, the seminary existence with international relationship is very important fact. That’s why we want to raise young Japanese Christian leaders through seminary education with international environment.  This is the part of God’s global mission.

Also, we want to develop our inner focus, the relationship between Japanese churches/Christian in existence and new generation ministry. Japanese Christian population is less than 0.22%. It means that Japan is definitely the mission field. However, it does NOT mean that there are NO Christians in Japan. In fact, there are about more than 280,000 Christians. It is not many, but there are! But, the fact is that the most of Japanese pastors and Church leaders are above 60’s and 70’s. And, the same situation is happening to the church members. Many of these churches are very traditional. Almost none of young generations. Moreover, there are many churches with no pastors, like “Sheep without a shepherd. (Matthew 9:36)”

The question is “Can you ignore these people?” “Is it God’s will to focus only the new generations?” “Can we justify our ministry with ‘Neither is new wine put into old  wineskins’ (Matthew 9:17)”?

My answer is “No.” We just cannot ignore the existing churches and their people. They are indeed one of the body of Christ. “The eye cannot say to the hand, ‘I have no need of you’ (1 Corinthians 12:21)” Rather, we want to connect each other as “fellow citizens with the saints and members of the household of God (Ephesians 2:19)” And, we want to help and develop their focus on the gospel from their traditions. Eventually, we want to build the one body of Christ.

Kenyan pastor, Oscar Muriu said during Urbana ’06, “Our goal is interdependence, not independence.” I believe that Japanese mission also needs to be interdependent, not independent. Japanese churches had been desiring for their independence from foreign missions for the 150 years of its history. As a result, there are strong formality to the traditions and legalistic tendency, but the luck of gospel and people in present churches. Interdependence and mutual collaboration are the necessary reflection of our history.

The world is being much smaller than before. Globalization is our reality. As the followers of Jesus Christ in the 21st century, we have to recognize this fact. At the same time, we should focus on our local. So, my role in the seminary is to be a bridge, connecting between local churches and seminary, also seminary and worldwide Christians. Another word, “Christian glocalization” is my job in the Christ Bible Seminary.

子ども手当

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E0EAE2E2E78DE0EAE2E3E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

3歳未満の子どもたちに対する子ども手当の支給が2万円に引き上げられる法案が閣議決定されました。

3歳以上の子どもに対しては、中学生まで月額1万3000円の支給を据え置きとしています。

子どもの多い我が家にとっては、非常にありがたいニュースなのですが、一方でこのような子育て支援がいつまで続くのか不安でもあります。

子どもは基本的に生まれてから大学にはいるまで、または卒業するまで両親の扶養に入っています。保護者はそれまで経済的な援助をしなければならず、教育費は家計の中でも大きな位置を占めています。

けれども、政府の意向ひとつで今年はいくら、来年はいくらと毎年変えられても、家庭としては一喜一憂するだけのものにしかなりません。

子どもはこれからの日本の国を未来を背負う大きな資源です。しかし、日本の国は子どもが少ないのは誰もが見てもわかる現状です。
このような状況に対して、一本筋を通した支援を是非ともしてもらいたいものです。

子どもに対する投資。家庭でもよく考えることですが、政府も良く考えないといけない時代になってきたのではないでしょうか。

Happy New Year from Uekis!!

It’s been a long time no post. But, I would like to say to all of you, “A Happy New Year!!” I hope you have wonderful year with our mighty savior this year as well.

As Japanese, we celebrate new year day with several thing, one of our tradition is to send a new year card to friends and relatives. We usually make a card with family picture. This year, we tried to take a picture of us in front of our home as usual. However I noticed how difficult it is to take a picture of family with four kids. No matter how we try to see the camera at the same time,  somebody our kids see other thing!

This picture is one of the “best” picture out of more than 10 pictures. But, you’ll notice that you cannot see baby Joe’s face. Eventually, we gave up to take a photo but decided to use another photo that everyone looks good. (Sorry kids, but I appreciate your contribution!)

Anyway, this is our first story of this year. It is funny story, but indeed it is definitely “Blessing” by God. A family with four kids is rare in Japan now. I and my wife believe that our kids are nothing but God’s mercy and blessing to us. So, we hope God may show His Aroma in the nation of Japan through us; messy, unsophisticated, but loving-each-other-by-His-grace family.

At the foot spa, near our house.

Ueki Family blog has opened!!

Hi, This is Shohei Ueki. Thank you for coming our brand new blog “Passion in Nagoya!!” We are preparing our ministry here in Nagoya and want to share what God has done for us and is willing to do in Japan. So, I’ll post our ministry and our family life. Please check them out!

「脱ゆとり」で教育は変わるのか? 「小中の35人学級、来年度から 『脱ゆとり』で文科省 」より

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E5E2E6998DE0E5E2EAE0E2E3E29180EAE2E2E2;n_cid=DSGGL001

文部科学省が本格的に、35人学級へ向けて始動しました。今までの40人学級から5人減ということになりますが、現状ではすでに30人学級体制やそれ以下という学校も多いようです。

この40人から35人に変わるということで何のメリットがあるのでしょうか?

この記事から見てみますと、「『脱ゆとり教育』で授業時数や指導内容が増えることなどに対応し、少人数学級できめ細かい指導を行う。」とあります。

ゆとり教育からの反動で、子どもたちに対してしっかり学習させなければならないという流れの中で、より教育の成果をあげようという方策の一つであるようです。

けれども、「人数」の話と「脱ゆとり教育」とはいささか話が食い違っているようにも思います。
一クラスの人数を変えることで脱ゆとり教育に対応しようというのは的外れのような気がしてならないのです。
極端に話すと、やり方一つで40人学級でも脱ゆとり教育の成果は向上するでしょうし、35人にしようと、30人学級にしようと脱ゆとり教育への解決にはならないということも往々にして言えます。

このことについて、同記事の最後に京都教育大大学院の教授も言っていますが、教育の柔軟性も現場に求められてきます。

けれどもそれ以上に重要なのは、教師の質です。

教師の質とはどんなことでしょうか? それは子どもの学習能力を向上させる手助けをする力だけでなく、子どもの全的成長を促す事ができる資質です。勉強だけが上手にできるようになる子どもを作るためには、塾で十分なのです。学校の存在など必要ありません。
けれども、先生たちは勉強の他に、一緒に遊び、生活習慣の模範となり、社会的規範の柱となります。

つまり、教師の質とは、 どれだけ子どもたちが社会に出たときに立派な大人として歩むことができるか、ということを真剣に考え、またそれに対するスキルを持ち得ているということです。

言い換えるならば、そのような資質が教師に備わっていなければ、また教育全体が備わっていなければ、35人学級や、ゆとり教育などと言っても全く効果は期待できないのです。

一つの学級の人数を小さくするということ自体は大変いいことだと思います。先生も目が届きやすいし、子どもたちも友達とのより深い関係づくりが期待されます。また、脱ゆとり教育として子どもたちにしっかり勉強を学ばせることも重要です。

一つ一つは重要であり、やるべきことなのですが、もっと根本的な、学校教育に対する、また教育全体に対する議論を深めていく必要があるのではないかと感じさせられます。

現在、団塊の世代の多くが退職を迎えています。記事に書かれているように、14年度からの5年間で4万人の教職員を増やす計画を打ち出しています。そのような中で、新しい先生たちの期待は大きくなるとともに、どのような教師が教壇に立つのかという不安も少なからずあります。今後、教師になろうとしている学生たち、社会人たちの教育力を上げることは必至ですし、それをサポートできる学校組織の柔軟性も必要です。

教育の問題というのは一朝一夕で解決するようなものでは当然ありませんが、子どもたちは日々成長していくということをしっかり踏まえて真剣に考える必要があるのではないかと思わされます。

育児の責任性を考える。「ゴミの山、寄り添い倒れていた姉弟 大阪・2児置き去り」より

http://www.asahi.com/national/update/0822/OSK201008210202.html

非常に痛ましい事件です。
お母さんが二人の子どもの育児放棄をして、結局死に至らせてしまいました。

二人の子どもたちは寄り添うようにして裸で倒れ、ミイラ化しているのを発見されたということです。

子どもたちはどんなにかお腹がすいて、お母さんが恋しくて、でも、姉弟で励まし合って、いつかお母さんが帰ってくる、いつかご飯が食べられると願いながらも・・・無念でならないとしか言いようがありません。

このお母さんは、じぶんの子どものことをどのように考えていたのでしょうか?

お腹を痛めて産んだ子どもに対する愛情はどこへ行ってしまったのでしょうか?

お母さんは何か解決する行動をとることはできなかったのでしょうか?

このようなお母さんに対する疑問は尽きません。

けれども、どんなにお母さんに対して叱責をしたとしても、罪の償いをしたとしても、亡くなってしまった子どもたちは帰ってくることはありません。

ですから、私たちはこのような痛ましい事件に対して、「悲しい」「残念」という感情を持つだけでなく、これ以上このような事件を再び起こさないように考えなければならないのです。

少し客観的に考えてみましょう。

このお母さんのしてしまったことは、子どもの育児放棄、つまりお母さんが子どもを育てるという責任を投げ出してしまったのです。この時点で、お母さんは責められるべきです。

けれども、この事件の報道でいくつか言われている興味深いことは、お母さんの生育歴です。

高校の教師の娘に生まれ、父親(無くなった二人の子どものおじいさん)はラグビー部の顧問として非常に熱心でした。その傍らで、このお母さんはお父さんとの関係をほとんど持たずして育ったと言われています。また、このお父さんの妻、つまりお母さんの「お母さん」は離婚していたということです。ということは、このお母さんは、両親の愛情をほとんど受けずに育ったと言えるのかもしれません。別の言葉で言うと、このお父さんも育児放棄に近いことをしていたのではないでしょうか。ちなみにこの加害者であるお母さんもご主人と離婚をしています。

このようなことを考えると、育児の責任という視点で見ると、お父さんの仕事の状況、そしてこのお母さんの状況というのはあまり変わらないのかもしれません。言い換えると、育児放棄の連鎖です。

しかし、ここでなぜこんなに結果が違うのでしょうか? お父さんは育児放棄をしていたとしても、このお母さんは生きて、大人になることができました。一方で、お母さんの二人の子どもたちは最終的には死んでしまったのです。

この違いを表す最も重要な言葉として、「サポート」という言葉が挙げられるのではないでしょうか?

昔は地域の人達やおじいちゃんおばあちゃんとの同居、兄弟姉妹の人数、そして友達同士のつながりなどから、人のサポートは受けやすかったのです。今は核家族に加えて、コミュニケーションの多様化などから、直接人と人とのつながりが薄い社会になってしまっています。また、自分の責任は自分で取る。もし、責任が取れない場合は別に取らなくて良い、といった社会です。このような世代の人々が、お互いを真摯にサポートするということは非常に難しくなりました。

特に育児の場合を考えると、この影響は大きいと思います。

単純に考えて、母親がひとりで育児をするということは、非常に大変なことです。家事をしながら子どもの面倒を見て、そして経済的自立のために仕事をする。ひとりでこのようなことをしなければならないのはある意味で不可能です。

でも、加害者のお母さんはこのような状況だったのです。育児、仕事の環境、家事、時間、体力、ストレス・・・このようなことにプラスして、何のサポートも周りから得られないとなると、責任をもって育児をすることなどできません。事件は起こるべくして起こったとしか言いようがないのです。

仕事の責任が取れないと、クビにされます。家事ができないと、家がめちゃめちゃになります。でも、育児ができないと、子どもの生命にかかわるのです。他の事柄は生命とは直接関係がないのです。

私たちは、育児に対してどのくらい責任をもっているでしょうか? 子どもの命、子どもの将来をどのくらい考えているでしょうか?

自分たちの人生は、自分たちでどうにかなります。けれども、子どもの人生は子どもひとりではどうにもならないのです。

このような辛い事件を繰り返さないためにも、私たちは、未来の子どものために、もう少し真剣に考える必要があるのかもしれません。

夏休みの自由研究はお父さんの大活躍!

もうすぐ夏休みが終わろうとしています。

小学生の夏休みといえば、自由研究です。

ある子どもたちは、夏休みが始まったらすぐに宿題にとりかかって、余裕しゃくしゃくで夏休みを過ごしています。けれども一方で、あと数日で夏休みが終わってしまうと焦っている子どもたちも多いと思います。そのような子どもは夏休みの期間、思う存分遊んでいたので、頭のエンジンがかかっておらず、何をどうすればいいのか良いアイデアが思い浮かびません。でも、そんな時こそ、ふだん子どもたちと接することのできないお父さんの出番です。「しっかたないなぁー」とまんざらでもなさそうに子どものために一肌脱いであげるといいですね。

と言っても、お父さんは毎日自由研究をしているわけではありません。すぐにアイデアが浮かんで「これをしよう!」と子どもにアドバイスをかけることも難しいです。そんな時は、ネットで探してみると、簡単に見つかります。

例えば、キッズ@nifty (http://kids.nifty.com/)や、Yahoo!きっず(http://kids.yahoo.co.jp/)などを見てみると、子どもと楽しみながら簡単にできる自由研究の例がいっぱいあります。

自由研究をする際に重要なのは、もちろん有意義な研究(工作?)をすること、ですが、それとともに、自由研究を通して子どもとの時間を共有することではないでしょうか。
普段見ることの少ないお父さんの頑張る姿を目の当たりにすることで、お父さんに対する尊敬が生まれるだけでなく、子ども自身も一生懸命に頑張ろうというモチベーションが生まれます。
決してカッコいい姿ばかりでなくても構いません。時には失敗したり、イライラしたり、間違って釘ではなく手をトンカチで叩いてしまう姿も、子どもにとっては貴重なお父さん像を作り上げる糧となるのです。

残り少ない夏休みの期間、子どもと一緒に頑張ってみませんか?

と言っても、お父さんが子どもの自由研究を全部やってしまったら、元も子もないので、アドバイス程度で・・・